nowa days. 07

月くんの行動を見ながら
何を考えているんだろうって
考える時間がすごく楽しくて

sculptor

はしもとみお×月くん

動物たちの彫刻やイラストが並ぶのは、彫刻家・はしもとみおさんのアトリエ。三重県北部に位置する古民家の一角で、nowa編集部が到着するや否や、柴犬の月くんが大歓迎してくれました。知らない人に興奮気味だった月くんも、10分ほど経つとリラックスモードに。実は現在の月くんは2代目で、先代の月くんは2017年に命をまっとうしました。そんな2匹の月くんとの出会いやはしもとさんが彫刻家を目指したきっかけについて、暖炉の薪がパチパチと音を立てる穏やかな空間で伺います。

運命的な出会いで
迷わず家族に迎えた黒い柴犬

はしもとさんは、もともと彫刻家を目指していたのですか?

動物に関わる仕事をしたいとは、思っていたんです。子どもの頃は人間が苦手というか、動物の方がコミュニケーションが取りやすかったので、動物に関連する道しか私が生きていく方法はないかなって(笑)。そう話すと、大人はみんな「動物の仕事となると獣医だ」と言ったので、理系の高校に進んで、獣医になろうと決めていたんです。

そう考えていた15歳の時に阪神・淡路大震災があって、家族と住んでいた兵庫県尼崎市の家が被災して、避難生活が始まりました。その避難先で、なぜか私は動物の絵を描いていたんです。それまで絵なんて描いたこともなかったのに。

地震によって昨日まであった景色が一変してしまう体験をした時に、私は以前の状態を思い出そうと絵を描く人間だったのだと気が付いて、そこから美術の道に方向転換しました。徐々に絵だけでは飽き足らず、もっとリアルなものを求めて彫刻を始めたんです。

動物という軸はブレなかったんですね。

そうですね。美術家は、命あるものを扱う獣医にも近いんじゃないかと思ってるんです。医学は生きている子のためのものである一方、美術は命ある姿を再現できるので、死んでしまった子のためのものという側面がある。「もう一度あの子に触れたい」という人や動物たちの気持ちに応えられるものなので、生物学の延長線上だと感じています。

だから、はしもとさんは実在する子をモデルに、彫刻を制作されているんですね。月くんの彫刻もいくつかありますが、先代の月くんとの出会いは?

東京造形大学に通っていた頃、バイトで貯めた10万円で大きな丸太を買いに行ったんですよ。その材木屋さんに黒い柴犬がいて、「かわいいですね」って店主さんに伝えたら、「隣にいっぱいおるよ」って。材木屋さんの隣がやすし犬舎という柴犬専門のブリーダーさんで、伺ったら子犬の柴犬がいっぱいいて、衝撃を受けたんです。

ワンコと暮らしたいという強烈な欲求に駆られて、持っていた10万円で木材を買わず、生後6カ月の子犬を迎えてしまったと(笑)。その子が、初代月くんです。当時、いつか動物を迎えようとは考えていて、ペット可の一軒家を借りていたんですよ。つまり、環境は整っていたので、この出会いを逃がすわけにはいかないなって。

ロマンチックな名前ですね。初代月くんとの思い出は数えきれないと思いますが、特に印象深い出来事はありますか?

一番は、亡くなった時ですね。私の父親が亡くなった2週間後に、月くんが亡くなったんです。私は父のことも大好きだったので、同じ時期に亡くなったことはしんどかった。でも、時期が違ったら二度悲しまないかんと思うと、あえて同じ時期にしてくれたのかな、一度乗り越えればいいようにしてくれたのかなって、妙にすっきりしたんです。

また、クリエイターとしての制作って、自分の機嫌がいい時でないとうまくいかないんですよね。そのご機嫌な状態を改めて実感するために、2人が大きな喪失をプレゼントしてくれたのかなって、そんな不思議な感覚も抱いた出来事でしたね。

不機嫌を引きずらないワンコは
私にとっての“先生”

現在の2代目月くんとの出会いは?

SNSで「月くんが亡くなりました」って発信した時に、隣町のブリーダーさんが『黒柴が生まれた』と発信していて、連絡を取り合ったんです。その頃にはもう三重県に住んでいて、この土地が好きだったので、近所で産まれた子なら環境にも合うだろうと思って会いに行きました。

会いに行ったら終わりですね。本当に月くんにそっくりで、その場で迎えることを決めました(笑)。それが今の月くんで、本名は月虎です。元気いっぱいでやんちゃな子だったから、虎ってつけたんじゃなかったかな。

外見は初代月くんとそっくりですが、内面も似てましたか?

育った環境が違うからか、やっぱり違うんですよね。この子は面白くて、子犬の時から彫刻に囲まれて育っているからか、自主的に彫刻と同じポーズを取るんですよ。1日のほとんどを、ポーズを取って過ごしてるんじゃないかっていうくらい。言葉が話せたら、どんな感覚か聞いてみたいんですけど、きっとピノキオみたいな気持ちなのかな。なんで僕だけ動けるんだろうって。

まさにピノキオですね(笑)。そんな月くんとは、どのような日々を送っていますか?

月くんが、生活のリズム感を整えてくれるんですよね。朝散歩に行くということだけではなくて、私の場合は仕事にもいいリズムができています。毎朝、散歩の後に月くんをスケッチするんですが、ポーズが得意なおかげでスケッチが習慣化したんです。

以前は、絵を描くとなると仕事、研究、勉強みたいに強張ってしまう自分がいたんですが、今はドリップコーヒーを入れるくらいナチュラルに描けるようになって、ラクになったどころか楽しいんです。ストレス要素のある仕事にリラックスして取り組めるのは、月くんがいてこそですね。

月くんの存在が、制作のモチベーションになっているんですね。

モチベーションという意味では、先ほども話したように、クリエイターにとってご機嫌でいることは重要なんですよね。不機嫌だと何をする気も起きないし、想像力も働きにくくなるから。

その点、ワンコをはじめとした動物たちは、人間と違って不幸や不機嫌を引きずらないんですよね。散歩をするだけで機嫌がよくなる。そういう根に持たない部分は私たちも見習うべきだし、素晴らしいことだと毎日学ばせてもらっています。ワンコと暮らすことで、彼らの正直さや無邪気さに救われている方も多いんじゃないでしょうか。

彫刻の可能性は
命ある姿を3次元で残せるところ

月くんは、はしもとさんにとってどんな存在ですか?

“一番身近にいる他者”という感覚が強いですね。子どもではなくて、親友という感覚でしょうか。脳のつくりはもちろん、手も足も違いますから、動き1つとっても人間とは違いますよね。月くんの行動を見ながら、今何を考えているんだろうって考える時間がすごく楽しくて。

わかる気がします。行動の1つ1つが興味深いですよね。

そうなんです。そんな姿を残していけるように、1年に1つ、月くんの原寸大の彫刻を制作していて、月くんが生きている間は続けていきたいと思っています。

月くんが生きてきた証が、1年に1つ残されていくんですね。

亡くなった後に残ることも貴重であると同時に、もう出会えない過去の姿と一緒に暮らす経験も、貴重だと思うんです。普通だったら脳内や映像でしか残せないものを、実体を伴った3次元で残せるところが、彫刻の面白さだと感じています。

彫刻には、可能性があるということでしょうか。

そうですね。死んでしまった子にもう一度会える、死んでしまった仲良しのワンコ同士が再会できるといった可能性もありますし、その子が絶対に行けなかった場所に連れていけるという可能性もあります。例えば、月くんも彫刻であればニューヨークに行けるし、図書館にも入れるし、コーヒーショップのテーブルの上にだって寝転がれる。

そういう面白さがあるし、その可能性が現実になった時に、さまざまな方の「うれしい」「この子に会いたかった」という気持ちを感じると、彫刻家ってすごくやりがいのある仕事だと感じます。これからもたくさんの子を残していきたいですね。

まるで物語の世界のような、はしもとさんのアトリエ。
そこで寝転がる月くんは、とてもリラックスした表情を浮かべていました。 過去の自分に囲まれながら生きる月くん。不思議な体験をさせてもらったインタビューでした。

Profile

はしもとみお

彫刻家。三重県北部の古い民家にアトリエを構え、実際にこの世界に生きている、または生きていた子をモデルに、その子にもう一度会えるような彫刻を制作している。各地の美術館で展覧会を開催するほか、動物たちの肖像制作、フィギュアやオブジェの原型制作、イラストなども手がける。

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