【ワンコと変える私たちの社会 Vol.01】 キドックス「人も動物も孤立させないコミュニティづくり」

【ワンコと変える私たちの社会 Vol.01】 キドックス「人も動物も孤立させないコミュニティづくり」

コロナ禍による社会環境の変化や生活の乱れなどが原因となり、ひきこもりの人や不登校の小中学生は増加傾向にあります。直近の調査では、ひきこもりの人は146万人(内閣府・2021年)、不登校の児童は24万4940人(文部科学省・2021年度)にのぼり、決して遠い世界の話ではなくなっています。ワンコnowa編集部にも、不登校だったお子さんが犬の散歩のために外出できるようになったなどのエピソードを寄せていただくこともあり、犬の持つ力に関心を持っていました。今回は、10年前からひきこもりなどの生きづらさを抱える若者と、飼い主のいない犬の保護・譲渡を両立させている認定NPO法人キドックス代表の上山琴美さんにお話を伺いました。

キドックスとは?人と犬の専門家がタッグを組んで若者と保護犬を支援

若者と保護犬の問題に取り組む理由は、上山さんの学生時代に原点がありました。小学生の時にいじめに遭った経験から、誰かに悩みを相談できずに抱え込み、自分の気持ちを言葉にできない人や犬に共感する気持ちが強くなったそうです。また、図書館で大好きな犬に関する本を読む中で殺処分の現実を知り、将来は保護犬を救う施設が作りたいと理想のシェルターを想像し、絵に描くように。中学時代には、非行に走ってしまった友人に何もできなかった、心の声を聞けなかったという後悔から、将来は非行少年の自立支援に関わりたいと考えるようになります。また、生まれ育った茨城県は犬の殺処分頭数が全国でもワーストに入るほど多く、様々な情報に触れることで犬を救う活動や動物介在活動にも関心を持ったそうです。

出典:amazon(ドッグ・シェルター 犬と少年たちの再出航)

高校時代、テレビでアメリカの少年院で非行少年が捨て犬を保護し、譲渡する更生プログラム「プリズンドッグ・プログラム」を行う団体、プロジェクト・プーチの存在を知り、自分のやりたいことがこの活動に集約されていると感じます。プロジェクト・プーチについて書かれた今西乃子さんの書籍は上山さんのバイブルになりました。2016年には、今西さんがキドックスの活動を紹介するノンフィクション『捨て犬たちとめざす明日』が出版されています。

動物の保護活動に関心を持つ人は、青少年を対象にしたボランティア活動への意欲が高いと感じた一方、人間の専門家である社会福祉士やカウンセラーに、動物介在に興味を持つ人が少なかったことから、自身は人間側の専門家になろうと大学では教育学を専攻し、卒論はボランティア活動で接点の多かったひきこもりの子どもへの支援について研究。社会福祉士の資格を取得します。2012年にドッグトレーナーなど犬の専門家たちとNPO法人キドックスを設立。翌年には講演会で面識ができた今西さんの紹介で「プロジェクト・プーチ」の視察を行い、様々なアドバイスを受けました。帰国後、茨城県土浦市にある古民家にて、保護犬を介したひきこもりの若者の自立支援プログラムを開始しました。

活動を開始した直後から若者と保護犬を救う活動は注目を集め、全国各地からの視察を数多く受け入れましたが、若者と保護犬の支援のバランスを取ることが難しく、キドックスと同様の活動を展開している団体は未だ国内には無いそうです。一方で、動物を利用して障害を抱えた人の問題を解決しようとする取り組みは幾つか見られますが、動物福祉への配慮が足りないケースが多々あり、動物虐待のような接し方や不適切な飼い方をされてしまっている犬がいるという話を聞くこともあり心を痛めています。動物介在活動には、スタッフの育成、若者と保護犬双方の福祉に配慮したプログラム設計、専門家の適切な介入が不可欠だと上山さんは言います。今後はガイドライン作成や評価の仕組み作りなどにも取り組み、若者と保護犬を救う活動を適切に広げるためのコンサルティングもしていきたいと考えています。

キドックスの取り組み若者と保護犬が社会復帰するための取り組み

現在、キドックスに通っている若者は20名。多くは10代後半から20代前半で、上は30代後半までいるそうです。18歳まではフリースクールなどの居場所が多数あるものの、それ以降になると就労に向けた研修がメインになり、居場所がなくなってしまうのが現状です。またコロナ禍後は小中学生の居場所へのニーズが増えたため、キッズボランティアとして13名受け入れるようになりました。キドックスがあるつくば市内では、不登校の子どもたちが300人から600人に倍増したというデータもあるそうです。

若者への支援は、最初は週に数回、この施設へ来て安心して過ごせることから始まります。次はスタッフとの信頼関係づくりの期間で、若者の特性に合った作業(犬の世話、庭の手入れなどの軽作業、入力業務などの事務仕事の場合も)の目標を立てて実施をサポート。次の段階では若者たちの中でリーダー・教育係になり、就労に向けて就職活動を始めます。最終的には就職、もしくは進学など次のステップが見つかると卒業です。通所する期間は半年から7年まで様々、平均2年くらい通う若者が多いそうです。来所の頻度は若者の状況に合わせて、週1〜週5回になります。

キドックスの若者支援キドックスのある1日のスケジュール

ある1日のスケジュール
10:00 朝礼
午前中 犬舎の掃除やタオルの洗濯、在庫チェックやpcを使った入力などの軽作業
昼休憩
13:10 犬とのコミュニケーションタイム トレーニングや散歩など
15:20 活動を振り返る終わりの会

コミュニケーションタイム時の犬とのマッチングについて

若者と犬とのマッチングには、互いに成長できること、状態を悪化させないことを留意し、双方が共に課題を乗り越えられるようにスタッフ全体で相談して決めています。犬に対する経験値の低い若者には、比較的扱いやすい保護犬のケアを担当してもらうなど工夫しています。

1日にキドックスに来所する若者は7〜8名。現場には責任者が1名、トレーナー候補(ベテラン青少年)1〜2名でサポートしています。キドックスに来る若者の多くは対人関係で悩みを抱えるなど繊細で、優しいけれど傷つきやすい性格のため、丁寧な対応を継続するために受け入れ人数を大きく増やすことは考えていません。また人のみの支援であれば1対1で行えるが、そこに保護犬がいるので支援対象が2になるのでその分時間も人手もかかり、スタッフ間の情報共有も丁寧に行わないとプログラムの質を維持するのは難しいのが現実。経営的には若者の受け入れ人数を増やすと収入は上がりますが、それは自分たちが目指す在り方ではないという思いで、今後は支援対象をより明確にし、支援のクオリティが下がらないようにとしたいと考えているそうです。

キドックスの保護犬活動元野犬を引き取り、譲渡するまで平均2〜3ヶ月

キドックスが保護する犬の上限は15頭。犬舎の大きさなども環境省が定めた数値規制を上回るものになっています。感染症対策、空気の流れ、掃除のし易さも考えて素材を選び、設計。犬を保管するためのお手本となる施設にするため、アメリカにいる獣医師、西山ゆう子先生からシェルターメディスンの観点から監修を受けました。また緊急事態に対応できるように、1〜2頭分のスペースは空けておくようにしています。

キドックスが保護する犬の90%は茨城県動物指導センターから野犬や迷子犬や、10%は多頭飼育崩壊や高齢者の方が残して亡くなったなど地域で飼えなくなった犬の引き取りです。

保護する犬の多くはフィラリア症を患っているので治療し、若者とトレーニングした後、カフェデビュー。それと同時に、保護犬カフェ利用者の皆さんに見てもらうために、それぞれの保護犬の性格などを記載したアルバムを作成しSNSにも譲渡のための情報を掲載します。犬の滞在時間は平均2〜3ヶ月。最近はカフェデビューと同時に、新しい飼い主さんが決まることも多くなってきました。最近は保護犬を家族に迎えたいという人が増えていて、カフェデビューしていない犬に仮予約が入ることも。

キドックスの活動キドックス10年間の実績とあゆみ

これまでにキドックスへ相談にきた若者は394名、そのうち97名が通所し、3分の1以上の34名が就職や進学など進路が決定。犬たちは88頭保護し、74頭が譲渡されています。

2022年は、コロナ禍で収入が減った不安定就労の若者を支援するプログラムも実施。10名受け入れ全員が就職、中にはトリマーや動物看護師などの道を選んだ若者もいました。

「保護犬と青少年の変化を間近で見られるのが1番のやり甲斐」と語る上山琴美さん(認定NPO法人キドックス代表理事)

若者と保護犬のマッチング若者にただ犬を与えれば良いという誤解も

キドックスの活動や評判を知り、ひきこもりのお子さんがいる家庭で犬を迎えたという話を聞くこともあるそうですが、残念ながらひきこもりは解消されず、犬が家族を噛むなどの問題行動が起こってしまったという結果を耳にすることも多いそう。また、家族の社会復帰のために保護犬を譲渡して欲しいという問い合わせも増えています。カウンセリングを進めると、新たに犬を迎えるよりも先に家族同士、人の問題に向き合うことが重要なケースも。問題を抱える家庭にただ犬がいれば効果が出る訳では無く、動物介在活動によって成果を出すためには、やはり専門家の適切な介入が不可欠であることを伝えています。

一方で、不登校のお子さんがいる家庭にキドックスから保護犬が譲渡された後、お散歩に出られる様になったという話や、家族以外の人と接することは苦手だけれど年に1度開催されるキドックス卒業犬の集いに参加して、愛犬についてアピールできるようになったなど犬を通して社会と繋がりを持てるようになった事例も多数あります。適切なマッチングができれば、犬にとっても人にとっても幸せな結果になる、と上山さんは言います。

キドックスの活動から見えた課題犬に関する相談の背景に見える人の生きづらさ

2018年4月につくば市内の別の場所で保護犬カフェをオープンして以降、一般のお客さんから犬が噛むから手放したい、近所で不適切な飼い方をする犬の飼い主にどうアドバイスしたら良いのかわからないなどの様々な相談を受けることが増えました。背景を深掘りすると、何らかの福祉の問題、貧困や引きこもり、知的障害などを抱えている家庭が多いことが分かりました。ペット関連の相談窓口から入ると、動物の専門家が訪問することになるので知的障害や発達障害を持つ飼い主さんにも、一般的な飼い方指導で終わってしまうことも。上山さんは社会福祉士の資格も持っているので、接していると相談者が何らかの障害を抱えていることがわかるので、まずは社会福祉協議会に繋ぐこともあるそうです

先日、ある女性から犬を手放したいという相談がありました。詳しく話を聞くと、お子さんが生まれたばかり。ワンオペ育児で疲弊している様子を見た夫が「犬で癒されて欲しい」と柴犬の子犬を連れて帰宅。子育てに加えて犬の世話も、とパニックになってしまいました。犬を手放しても根本的な問題は解決しないと判断し、まずは子育て支援の窓口に繋いだそうです。

多くの相談を受けた結果、その人の生きづらさが根本にあるので犬と暮らすことが出来ないことが見えてきました。また、皆さん揃って相談先がわからないと言い、孤立してしまっている。まずはキドックスに相談してみよう、周囲の人が支援に繋がるための情報を得ようと考えてもらうために、シェルターや若者の社会復帰のためだけの施設ではなく、一般の方も気軽に来てもらうためにカフェや、犬の飼い主さんが定期的に利用してくれるトリミングサロン、ドッグホテルを併設した施設が必要だと考え、2022年4月、茨城県つくば市にHuman Animal Community Centerキドックス(HACC)がオープンしました。

保護犬がいる施設と聞くと、どこか寂しい雰囲気が漂いますが、とても明るくて地域に開かれているのがHACCキドックス

キドックスが未来へつなぐもの地域に開かれたコミュニティとしての挑戦

HACCでは地域の繋がり、人の輪を作ることを最優先して考え、人と動物を孤立させないというテーマをスタッフの中で共有しながら、地域の皆さんの居場所、コミュニティ作りに取り組んでいます。一環として昨年から子ども食堂、ボランティアの会などを始めましたが、目的は人と動物が繋がれる地域の拠点となる居場所づくり。居場所ができると、様々な相談、声が集まってきます。カフェのお客さんから相談を受け、多頭飼育崩壊を防ぐためのアドバイスをすることも。「犬の飼い方相談会」のようなイベントよりも手前で情報が入ってくるので、問題が表面化する前に防ぐことができるようになってきたと感じています。また、シェルターとカフェが同じ敷地内にあることから、一般のカフェ利用者からもドッグランで行う保護犬のトレーニングの様子が見えるので、若者に関する相談や来所のハードルも下がったそうです。

他にもカフェで使っている無農薬の野菜を仕入れている農家さんから様々な生産者さんを紹介してもらいマルシェを開催するなどの取り組みも始めています。この先は、地域の皆さんと庭造りを進め、みんなで花や樹木を植えて育てていくようなコミュニティガーデン、みんなが過ごしやすい場所としてヒーリングガーデンにしていきたいという構想も。上山さんは、地域の皆さんに参加いただけるイベントや講座の開催を増やすことで、HACCをより身近な交流の場として多くの方に認識してもらいたいと語りました。若者と保護犬の支援を通じて、地域のコミュニティづくり、問題の早期解決を目指す取り組みは、まだまだ始まったばかりです。今後もキドックスの活動に注目していきたいと思います。

保護犬カフェを利用することが寄付にも、人慣れの社会化にもつながる。利用者にはペットロスの人も多く、譲渡に繋がることも
以前の保護犬カフェのお客さんが人気のレストランのシェフだったことをきっかけに、共同開発したサンドイッチやスープも好評
ドッグランをキドックス卒業犬も利用してくれるので、以前に世話をしていた若者と再会する場面も。貸切りで使うことも可能です

Human Animal Community Center(HACC)キドックス

営業日
月・木・金・土日祝(火・水 定休)
営業時間
11時〜17時(最終入場 16時30分)
定休日
火・水
認定NPO法人キドックスホームページ
https://kidogs.org/
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